祖母の認知症体験記|孫が感じたこと

家族

※この記事は、祖母の認知症をめぐる家族の体験をもとに書いたものです。私は直接深く介護に携わってはいませんが、身近で見てきたこと、感じたことを記録として残しています。✍️


私の祖母は認知症を患っています。
昔は「痴呆」と呼ばれていたため、そちらの方が馴染み深い方もいらっしゃるかもしれません。
※2004年に厚生労働省が「認知症」という呼称を正式に使用することを決定しました。私は「認知症」という言葉の方が自然に感じます。

介護士の方々の間では、認知症がない状態を「クリア」と呼ぶこともあると聞いたことがあります。


🧠認知症とは?

認知症とは、脳の病気です。脳の細胞が障害を受けることで、認知機能が徐々に低下していく疾患を指します。


👵祖母の状態

祖母は要介護4の認定を受けています。新しい記憶を保持できず、自分の夫の記憶や子どものことも分かりません。
同居している父(祖母から見て息子)のことは、かろうじて覚えているようですが、あいまいな様子です。孫である私は、もう認識されていないようです。そのため、私は「おばあちゃんの孫です」と自己紹介をしてから話しかけています。
※祖父は、他界しています。


👨父の状況

父はまだ働いています。しかし、祖母がデイサービスから帰宅した後や休みの日には、ふらっと家を出てしまうことがあります。
その際に転倒して怪我をしたり、迷子になって警察に保護されることもあります。
※父は離婚しており、現在は独り身です。姉弟も他界しているため、支える家族は限られています。


🏢施設への入居

孫たちは、祖母が介護施設に入居してプロの介護を受ける方が安心だと父に伝えました。父も祖母に施設を勧めましたが、祖母は強く反発し、取り乱してしまったそうです。

元気な頃から「自宅で誰の世話にもならず、最後を迎えるのが夢だ」と話していた祖母。その想いだけは、記憶が曖昧になっても強く残っているようです。


👮‍♂️警察による保護

先日も祖母が警察に保護され、弟が引き取り対応をしてくれました。私たちが祖母の様子を見に行ったとき、家族の誰かは分かっていませんでしたが、「寂しい」と口にしていました。
記憶はすぐに失われてしまうのに、「寂しい」という感情は残るのだと感じました。

孫たちもそれぞれの生活があり、頻繁に様子を見に行くのは正直難しいのが現実です。


❤️‍🩹祖母の気持ち

祖母は頑なに「自宅にいたい」という思いを持ち続けています。しかし、孫たちが顔を出しても、そのことをすぐに忘れてしまいます。その結果、常に寂しい気持ちで自宅に閉じこもっているのは、果たして祖母のためになるのでしょうか。

父はこれまで祖母の意思を尊重してきましたが、同じ屋根の下で暮らしていても、祖母は「息子と一緒に住んでいる」という実感をあまり持てていないように感じます。


💭生きることと死ぬこと

生きていれば必ず死が訪れます。「ぴんぴんころり」が理想とされることもあります。
現代は寿命が延びた一方で、多くの人が老化とともに様々な困難を抱えながら生きているように思います。


💭祖母の幸せとは?

祖母の幸せとは、何なのでしょうか。
孫としては、祖母には「人がいる安心感の中で穏やかに過ごしてほしい」と思っています。介護施設への入居が理想ですが、祖母と父の関係、父と私たち子どもとの関係を考えると、簡単には進められないのが現実です。

祖母は「自宅にいても寂しい」、でも「施設に行くのは不安」という気持ちの狭間で揺れているのでしょう。どちらも完全に取り除くのは難しいかもしれません。

それでも私は、孫としてできることを少しでもしてあげたいと思っています。


読んでくださり、ありがとうございました。
祖母の認知症や家族の思いについて、少しでも考えるきっかけになれば幸いです。



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